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キム・ヘヨン N.THING代表「世界を食べさせていく企業を作る」|Startup's Story #474

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【Startup's Story #474】キム・ヘヨン N.THING代表「世界を食べさせていく企業を作る」

最近スタートアップ創業が推奨されている傾向にあるが、存続する企業よりも廃業する企業が多いのが現実だ。中小企業の5年生存率が30%前後という統計からも分かるように、会社が長く無事に存在する確率は低い。

このような状況の中で創立9周年に近づいているアグテック企業「N.THING(エンシン)」は珍しいケースだ。単純に長く生存することを越え、ピボットを経て新しい勢いを持続的に作りだしている。

N.THINGが展開しているモジュール型コンテナ型垂直農場は、農業の観点を消費者中心に移動させたという評価を受けている。消費者が望む時、望む場所へ、安定的に、新鮮な食べ物を供給するバリューチェーンを目指しており、食料需給問題とパンデミックの中で大きな注目を集めている。2014年の創業初期に続き、N.THINGのキム・ヘヨン代表とインタビューで再会した。


N.THING設立から、8年が過ぎ9年近くになります。スタート時の話をお聞かせください。

なぜ創業者になられたのですか。 「アグテック(Agtech:agriculture technology)」という用語が登場する前に、この分野の事業を始められています。

いろいろな要因が働いて生まれたものだと思います。幼い頃から好奇心旺盛で、誰が教えたわけでもなく、何かやるることを見つけるのが好きでした。環境からの影響もあったと思います。

幼い頃、家が貧しく経済的に不足していたのですが、母が小さなお店を開いてそれを無くしました。家が経済的に良くなっていくのを体感し、幼心に「人は事業をしなければならないんだ」と思いました。(笑)

20代の時は「やってみたいことは、全部やってみよう」がモットーで、色々な分野に挑戦しました。その中の1つが農業会社で働くことでしたが、幸運にもウズベキスタンでジョイントベンチャーを作り、トマト農場も引き受けました。その時、農業に技術をうまく適用すれば、本当に大きな産業になると判断しました。

ベンチマークする企業もなく、農業専門の人材もいない状況で開発者が集まってスタートしました。2013年6月頃にチームが集まり、2014年1月に会社を設立しました。

最初に挑戦したのはスマート植木鉢という、IoTベースで草花を育てるものです。その時開発していたセンサーやデータなどを取り入れたプラットフォームで、その後は農業方面でいろんな試みをしました。


ピボットを経てスマートファームが現在主力事業になりました。スマートファームのアイデアはどのようなプロセスで生まれたのですか?

2016年に、500坪規模のビニールハウスに独自開発したセンサーを設置してイチゴを育てたところ、農業の可能性と限界が同時に見えたのです。最大の限界は、私たちが望む環境をビニールハウスでは実現できないということでした。もう少しきれいに作物を育てる、私たちが望む環境を実現できるシステムを悩む中で、コンテナ内で作物を育てることを試しました。

コンテナ一棟にNFT(Nutrient Film Technique)水耕栽培に基づいて、IoTセンサー、コントローラーなどを設置した環境を作りました。そうして、2017年にコンテナベースのプロトタイプのスマートファームを披露し、2018年度には3棟に増やし、野菜を栽培し収穫まで行うインフラを作り上げました。

スマートファームは車を作る工程に似ています。1つのファームに、多種の技術と部品が盛り込まれます。私たちは、その中に入れるものを全て直接開発し、適用しました。市場に、適した製品があればそのような苦労はしなかったでしょう。

しかし、私たちの望むものは、既存の製品にはありませんでした。やむを得ずスマートファームに合ったLed、モジュール、センサー、コントローラーを作らざるを得なかったのですが、それがN.THINGの核心技術になりました。

2019年度には量をより増やし、龍仁(ヨンイン)市で10個の農場を運営、R&Dと生産を同時に進めました。食材を重要視する高級レストランからの需要も生まれました。

以後準備ができたと思い、京畿道利川(キョンギド イチョン)市に年間約100~120トンの生産が可能な農場を作りました。当社が販売する環境にやさしいロメインレタス1人前を基準とすると、100万人分に当たる規模です。


スマートファームへの認識が以前に比べて大きく変化しました。

数年前に比べ、市場の環境がかなり友好的に変化しました。どんな産業でも製品とサービスを市場が受け入れる過程が必要でしょう。2019年までは、今のようにスマートファームが知られていませんでした。人工的なものより自然に育てたものの方が良いという認識もありましたし

。気候変動などの環境危機やコロナによるパンデミックの問題が起こり、そのような先入観が変化したのです。おかげで、私たちが生産する作物に対する好感度も一緒に高まりました。

以前はスマートファームについてお話しすると、農家からの反対を心配する声がありました。実際の所、農家の方から、農業での困難を理由として、たくさんの連絡を頂いています。農業自体が難しいだけでなく、農業をする人手もないと言われます。気候変動で打撃を受けた農家は、スマートファームの必要性を感じているんです。

以前は、金融業界もスマートファーム産業には大きく注目していませんでした。良いものだとは思うが、絶対に必要か?という疑問を持たれていたのです。しかし現在では関係者がスマートファームの必要性を深く認識しています。農業分野に一つの産業が作られていく過程だと感じます。


2019年にN.THINGが京畿道龍仁市に構築したモジュール型スマートファーム団地。アグテック産業において、N.THINGが披露したスマートファームは、キューブ農場と水耕栽培方式の垂直農場(vertical farm)システムだ。キューブ農場は直方体状のコンテナ設備で作物を栽培することで、外部環境から断絶することで、環境条件を管理者が望む条件に制御する。 /写真= N.THING


N.THINGが運営する垂直農場(キューブ)は自動運営されるのが特徴です。何がどれほど自動化されているのでしょうか。

N.THINGの垂直農場は環境のコントロールをすべて遠隔で行うことが出来ます。生育環境を調整してサイズや味、食感も調整できます。遺伝子を変化させるのではなく、環境を変えて植物を丈夫にすると理解して頂ければよいでしょう。人に例えるなら、食事を変え、運動法や習慣を変化させるのです。植物が育つ環境を変えることで、健康な植物の栽培活動を調節します。自動化設備を入れ、種植えや収穫などを自動化することが最終目標です。


農業は生産者中心の産業です。N.THINGは消費者中心にシフトさせようと試みています。

従来の農業は生産者中心のシステムにならざるを得ない環境でした。ひとまず農産物が収穫できてこそ、次へと繋がったからです。私たちは技術を通して消費者中心の農業やフードシステムを構築しようとしています。

時と場所、時間と空間にこだわらず農産物を生産できるからこそ可能なことです。「製品化された農場(Farm as a Product)」と呼び、どんな環境で生産しても均一な品質で安定した農産物の供給ができるように規格化しています。

私たちが眺める農業の未来は一種のコンテンツ業でもあります。通常、農業従事者を思い浮かべると、終わりのない労働が連想されます。今後農業が技術を基盤としたものになれば、炎天下に畑仕事をする苦労の多い姿ではなく、作物をよく育てることについて考えを巡らすコンテンツキュレーターのような姿が、農夫の未来になると考えています。

ある人が新しいジャンルを作ったり、リードしたりすると、それ自体がアイコンとなり、流行しますよね。N.THINGもスマートファームで新しい基準になろうとしています。


他の倉庫型スマートファーム企業とN.THINGの違い、差別点は何でしょうか。

コアとなる技術はもちろん、スマートファームに関連するすべてのものを直接行っていることが、競争力の一つの軸だと思います。それが複合的に作用し、規模の拡張も可能になりました。作物の栽培には、ハードウェア設備の支えが必要です。私たちは望む作物を大量生産することができるライン、そのものを作ることができます。

そして外部環境をコントロールできるソフトウェア、データプラットフォームを独自に開発しました。重要なのは、それでどの程度まで運営を行うことができるのかです。N.THINGは初めからシステムを規格化し、モジュール化することで、迅速に拡張できる概念を技術として確立してきました。世界的に、私たちのモジュール化の概念をマネする企業が多く生まれました。


海外でも関心の高い事業だと思います。コロナによって海外進出が難しい時期に、むしろより大きく成長したと聞きました。何が背景としてあるのでしょうか。

コロナによって短期的に遅れた部分はありましたが、長期的に見ると、かなり時間が短縮されました。各国政府や企業、金融機関が農業バリューチェーンの重要性を大いに認識したのです。

そのため、時間がかかる可能性もあった意思決定が、迅速に行われています。特に中東をはじめ、農業の比重が大きくない国々は、食品バリューチェーンを自ら確保することを政策における優先事項として設定しています。このような変化は加速していくと予想しています。


海外と国内事業の割合はどのくらいの配分でしょうか。

企業は本陣を優先し、うまくやってこそ、海外でも成功する可能性が高いと考えています。私たちが韓国で行うプロジェクトは海外でリファレンスになります。韓国は農業をするのが本当に難しい国です。夏は暑く、雨も多く振り、湿度も高いです。逆に冬はとても寒く、乾燥します。

国土が横に長ければ緯度も似通っており、気温も同じくらいになるはずですが、上下に長いため気温差も大きいです。さらに、70%が山で、高い山も、低い山もあります。南端には大きな島もありますし。農業をするには変化要素が多いことから、技術基盤の農業が必須の国でもあります。このような環境での成功事例と経験は、海外でも意味を持ちます。


しばらく前に狎鴎亭(アックジョン)にカフェ(植物性 島山)をオープンしました。スマートファームを知らせるショールームの一種のように見えます。

スマートファームのイメージを新たに確立し、製品のブランド化を考慮した試みです。当社の事業のほとんどはB2Bですが、最終消費者である大衆が持つ認識やイメージは重要です。スマートファームシステムもご覧いただけますし、販売される野菜も購入でき、サラダやドリンクを飲むこともできます。とても不安に思っていたんですが、オープンをしてみると、直接的な消費者はもちろん、複数のメディア、他の業種からも関心を持って頂いています。


ソウル狎鴎亭洞に位置するN.THINGのIoTショールーム「식물성 도산(植物性 島山)」の様子。N.THINGはここで直接栽培したスマートファーム野菜を販売している。植物性 島山は消費者とスマートファームの日常における接点を広げるデザインの優秀性を認められ、iFデザインアワード2022本賞を受賞した。 ⓒPlatum


創業者は悩みも多く、孤独な立場です。悩みを打ち明ける場所がありません。創業過程で感じたストレスはどのように解消しましたか。

個人的に、企業が成長する際に訪れる痛みには大きく揺らぐことはありませんでした。それよりは停滞している時や、次どこへ向かうべきかを決める時に、強いプレッシャーを感じました。大変な時には、組織が少し大きかったり、事業を多く行っていたりする代表たちに尋ねました。そのようにして聞いた直接的なアドバイスが、困難から抜け出すのに本当にとても役に立ちました。

人と組織へのストレスはただ、基本ですね。創業者は各自、自身が置かれている状況によって悩みの深さが異なるようです。味も甘み、酸味、塩味、色々あるように思います。仕事に対するストレスもありますし、資金についてのものも、成長についてのものもあるでしょう。


過去8年間、バーンアウトが訪れたことはありませんでしたか?

バーンアウトはロケットに例えられると思います。ロケットは1段階、2段階と分離しながら燃料を燃やしますよね。私はバーンアウトが来たときに、仕事を燃やしてきました。仕事で生まれたストレスやバーンアウトを仕事で解消するんです。問題が発生した時、最善の解決策は原因を取り除くことですよね。

ストレスを感じることが多いなら、全部やってのければいいのです。ただ、これが精神的な部分でいいかはわかりません。(笑) 仕事はすればするほど、より多くの仕事が生まれますが、創業者は仕事を作る人ですから。


スタートアップでは人が入ってきては出ていくのが日常茶飯事です。通常の場合、危機の時に沢山の人が去ります。初期に比べると、組織管理も大きく変わったと思いますが。

私たちが製品の事業方向を変えた危機の時期がありました。20人くらいになっていたチームが8人に減りました。その後4-5年間は非常にゆっくりとメンバーを増やしてきました。2020年に15人程度でしたから、4-5年保守的に増やしたといえます。その後はメンバーが増えて現在70人ほどの組織になりました。

20人くらいまではただ私が全部直接伝えれば大丈夫でした。しかし、人が多くなる中で、自然に人事組織と中間リーダーが存在する構成になりました。また、伝えるメッセージも区分して送らなければなりません。会社も1つの人格を持っています。疾風怒濤の時期、青少年と大人では対処法が違いますよね。

スタートアップがスケールアップをする際、成長痛を感じる暇もなくすぐに先に進むことが多いそうです。どこが痛むのかもよく分からないまま、体だけ大きくなってしまうのです。青少年が今すぐ大学生にならなければならない状況になる、と考えたら、動揺するだろうと思いますよね。幸いにもN.THINGは比較的きちんとバランスを保ち、その危機を乗り越えたと思います。

余談ですが、私を含めて共同創業者が3人いるのですが、初期の数年間は一週間ずっと側で過ごしていたせいで、大小かなり揉めました。(笑) 今は目つきだけ見れば、全部分かるほどお互いにかなりの信頼感がありますが。


企業が成長すれば、企業文化を気にかけないわけにはいきません。N.THINGはどうしていますか。

それについてとても沢山悩んでいます。組織が小さい時は、ただやればよかったんです。私が決めた方向性に疑問を持たれていても、実績を見せれば納得してもらえました。今はより大きな方向性を作っていく過程にあります。無理なく状況に合った目標設定を行い、それを成し遂げる経験を与えようと努力してます。

企業というものの定義はいろいろですが、良い人たちが集まって意味のあることを楽しく行っていく、というのもその一つでしょう。やりたくない仕事で、給料を貰うのは不幸なことですよね。職員は仕事と遊びをほぼ同一線上に置いていると思います。本当に楽しいこと、意味のあることを共にやるんだ、ということを分かってもらいたいです。


スタートアップにふさわしい人材像とは?N.THINGはどんな人材が欲しいですか?

正解は決まっていると思います。人間性が優れており、チームと調和し、自身の職務についての能力がある人ですね。口に出してみると、見つけるのが難しそうですね。(笑)良い方を採用することが最も重要ではありますが、その人々が入ってきた後、チームと融和させてよい成果が生まれるようにする会社の役割も同様に重要だと思います。

スタートアップで働くには固定観念に気をつけなければなりません。自分の経験を、強要するのではなく、それを土台に他の領域へと適用していく開けた思考が必要です。あわせて、忍耐力も必要だと思います。


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キム・ヘヨン代表がフランスのフランソワ・オランド大統領にサービスの説明を行っている様子。 ⓒPlatum


多くの試行錯誤を経て現在まで来ました。創業をしようとする後輩たちにアドバイスするなら?

そんなアドバイスをできるような立派な者でありません。ただ、私が大学生を対象として講演でよく言うのは「創業してはいけない」ということです。創業していない人しか、創業を勧めませんよね。(笑)

私も創業をする前には、これがこんなに大変なことだと知りませんでした。創業と個人の幸福には距離があります。何か試して成功したときに感じられる快感はありますが、個人の人生や友人、家族、さらには健康まで諦めなければなりません。

20代にあえてアドバイスするとしたら、どんなチャンスも訪れたら全部やってみるべきだということです。その過程で、自分は何が出来て、何が出来ないのか、何が好きで何が嫌いなのかをキャッチすることができます。そうしたものが、職業や創業へと繋がっていくでしょう。知るには、直接やってみるしかありません。


もし8年前に戻ったら、どんな選択をしますか。

私は創業すると思います。(笑)けれど、他の人におすすめはできません。スタートアップをして成功する確率より失敗する確率の方が圧倒的に高いじゃないですか。本当に創業が人の生き死にを決めることもあります。失敗した後、それを掃って立ちあがるのは簡単なことではありません。

プライドが傷つき、とてつもない無力感が訪れます。大部分の創業者は成功するんだ、という強い信念で挑戦していますよね。ところが、それが失敗したとき、自らに対する信頼、自尊心が無残に踏みつけられるのです。大多数が失敗することを、どうして積極的にすすめましょうか。

私はあまり何も考えていなかったため、創業ができました。不安が多くなれば、ほとんどの決定は「No」になります。知りすぎていると、始められなくなるのです。


N.THINGの長短期の目標は何ですか。また、どんなブランド、企業になりたいとお考えでしょうか。

まず、生産量を最大化することが短期的な目標です。数値的には現在の年間100トン規模から、2,000トンレベルまで生産量を増加させたいと考えています。長期的な目標は、私たちのブランドが消費者に幅広く認識されるようにすること。N.THINGのビジョンは「世界を食べさせていく企業になろう」。そのために努力しています。

人々に良い食べ物を安定的に供給するのは非常に重要なことですよね。多くの方にアグテック領域にもっと関心を持って頂ければと思います。私はこの産業はまだ初期にあると思っています。そのため、より多くの関心と応援が必要です。世の中に完璧なものはないといいますが、それでも完璧を目指して、事業を行っています。



写真:N.THINGキム・ヘヨン代表

原文:https://platum.kr/archives/189304

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Platum

Platum is a media service that specializes in startups, and its motto is "Startup's story platform".

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