虚像だけだった「SDV先駆者」のほろ苦い退場

現代自動車グループの先端車プラットフォーム(AVP ·Advanced Vehicle Platform)本部を率いたソン・チャンヒョン社長の2025年末の辞任は、韓国のモビリティ業界にほろ苦い後味を残しました。NAVER(ネイバー)の初代最高技術責任者(CTO)だったソン社長が2019年初めに設立し成長してきた自律走行専門スタートアップ42dot(フォーティートゥードット)は、2022年に現代自動車に4,500億ウォン(約484億円)で買収され、ソン氏は現代自動車グループの自動運転、モビリティ技術開発の中核をなす人物として知られました。
就任初期には、これまでの自動運転の断片的概念から、「ソフトウェア中心自動車(SDV)」と新たに定義し、先駆者とも呼ばれました。特に現代自動車グループ内部で断片的だった開発組織を、一つにまとめ上げた確かな功績があります。しかし、これまで数兆ウォン(数千億円)に上る膨大な投資が行われたにもかかわらず、市場と消費者が実感できる技術的結果はなく、ソン氏が自ら辞任を表明したニュースに、市場は即座に反応しました。
現代自動車の中核ソフトウェア系列会社の現代AutoEver(オートエバー)の株価が約27%急騰し、現代自動車の株価も6%ほど上昇したことは、市場がソン氏の退場をむしろ非常の正常化として見ていることを象徴的に示しています。

<出典:tesla korea X>
一方、消費者たちはテスラが韓国市場でFSDのサービスを始め、これを体験した消費者は「今は『手動運転車』と『自動運転車』に区分しなければならない」、「韓国は自動運転でガラパゴスだったのか」など大きな衝撃を受けました。現代自動車の運転サポートにはHDA(Hyundai Driving Assistant)がありましたが、FSDはそれと比較が不可能なほど世代が異なる自動運転能力を見せたからです。
実際に韓国にFSDのサービスが始まってから10日目にソン社長の辞任が発表されたのは、この技術格差が市場と消費者の両方に証明された瞬間で、これまで5年間、力を注いできた現代自動車の自動運転の独自戦略が、事実上失敗したことを示しました。
チョン・ウィソン会長の告白と戦略的後退

<出典:gpkorea>
現代自動車グループのチョン・ウィソン会長も現実を直視し始めました。最近、チョン会長は「自動運転技術で我々は遅れている面がある」と率直に認め、戦略の重きを、無理な「技術格差を狭める」から、現実的な「安全確保」と「柔軟な協力」に移すと宣言しました。これはNVIDIA(エヌビディア)とテスラFSDのライセンスまで開く、実用主義的な判断であると思われます。
テスラとは異なり、レガシーの完成車企業は、製造業ベースの産業構造を持っており、車の品質と安全上の問題がブランドの信頼に直結しています。1つの技術的なミスが大規模なリコール、イメージ低下、販売の減少につながり得るため、自動運転のように、確率的に事故を完全に排除しにくい技術を積極的に押し付けにくい点が現実的な制約として機能します。
実際、メルセデスベンツやBMWなど、ドイツの完成車もドライバー補助・自動化技術を高度化していますが、責任の所在と安全基準では、テスラより保守的だと言えます。

<出典:現代自動車>
このような脈絡で、現代自動車グループが数カ月前に、自社のAIであるAtria AIや次世代インフォテインメントPleos Connectなど、次世代プロジェクトを発表したのは、SDVの転換を止めないという意思表示と見ることができます。ただ、ソン・チャンヒョン社長の辞任でリーダーシップに空白が生じただけに、大きな方向は維持されても、優先順位と実行方式、細部のロードマップは調整される可能性があるとみられます。
現代自動車の空白はスタートアップの機会
現代自動車グループの内部戦略が調整の局面に入った現在、韓国の自動運転市場はむしろ異なる方向に動いています。大企業主導の技術開発が規制と組織間の利権の戦いでスピードを出せない中、特定の領域を鋭く掘り下げて、実績で信頼を積み重ねるスタートアップが存在感を高めています。
現代自動車の開発者4人が創業した自動運転ソリューション企業Autonomous A2Z(オートノマスエイトゥージー)は現在、韓国で最も数値的に証明できるスタートアップです。同社はソリューションだけでなく、PBV(目的ベースのモビリティ)も直接開発し、「40km以下の速度で我々は完璧な自動運転に自信を持っている」と言います。

<出典:gyeongju.go.kr>
実際に韓国最大規模の62台の自動運転車両を運営しており、都心の自動運転分野では、韓国の最多累積走行距離である約74万kmを確保しました。単純な研究室レベルの実験にとどまらず、複雑な韓国の道路環境で、技術力を確保したという意味でもあります。このような技術的信頼をもとに、累積820億ウォン(約88億1900万円)の資金調達に成功。韓国の自動運転スタートアップの中で最大規模の調達で、財務的安定性も確保しました。
A2Zは韓国よりもグローバル市場、特にアジア地域での成果が際立っています。同社はシンガポールのスマートシティプロジェクトであるコスモ(COSMO)から受注をして国際的な競争力を立証し、韓国企業では初めてシンガポールでの自動運転ライセンスを獲得しました。

<出典:autoa2z.co.kr>
同社の日本での事業も注目に値します。日本の5大総合商社の一つである兼松と8月に戦略的協約を結び、日本の自動運転市場への進出を本格化させています。これは、技術検証に厳しい日本企業がA2Zのソリューションを信頼できるパートナーと判断したということです。

<出典:Renesas.com>
カメラベースのAIオブジェクト認識ソリューションで強みを持つStradVision(ストラドビジョン)も、韓国のスタートアップの技術力を象徴する企業の一つです。高性能チップでなくとも実装可能な技術力を強みに、中国のAxera、アメリカのAMD、ドイツのベンツはもちろん、2024年には日本のルネサス(Renesas)のSDVプラットフォームR-CarにStradVisionの中核ソフトウェアを統合するマスターライセンス契約を締結して技術力を立証しました。
言葉ではなく、成果として残す技術
ソン・チャンヒョン社長の退場は、単に一人の人物の辞任ではなく、現代自動車が過去5年間、「SW内在化」という号令に沿って走ってきたやり方が、予想よりはるかに難しい課題だったという事実を浮き彫りにした象徴的な出来事でした。モビリティ業界にSDVという概念は広まりましたが。

韓国の自動運転のスタートアップが海外に進出するのは、単に海外事業の進出にとどまらず、「より多く、より速く検証し、改善して製品を高度化する」というスタートアップの基本戦略ゆえでしょう。現在、韓国は残念ながら多くの制約により、自動運転技術の導入にあたっては、非常に難しい市場状況です。
チョン・ウィソン会長のインタビューを振り返ってみても、このような状況はむしろモビリティスタートアップにはチャンスかもしれません。単に一時的な技術の空白を埋めようとするワンタイム提携ではなく、むしろ、自動車メーカーが最も負担になる安全・責任・検証をスタートアップが解決できれば、チャンスとなるでしょう。結局、自動運転技術は他のIT機器とは異なり、命が担保された技術であるため、消費者は派手な技術よりも、実際の走行環境で安全な、リスクが低い技術を好むと思われるからです。
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