リアルタイムAI通訳「EventCAT」を開発するXL8のイ・サンウンCOO……東京都が先に声をかけた会社

東京都側からコールドメールが1通届いた。SusHi Tech Tokyo2026の公式技術パートナーとして、AI通訳・翻訳を担ってほしいという提案だった。XL8(エックスエルエイト)は日本を対象にした特別なマーケティングも、パートナー選定に向けた製品デモも行っていない状態だった。後から分かったのは、韓国のあるスタートアップイベントでXL8のリアルタイム翻訳字幕を目にした関係者が、SusHi Tech運営委員会に同社を推薦していたということだった。イ・サンウンCOOはそのとき初めて日本では実績や第三者からの推薦が重視されるということを実感したと語った。

XL8はリアルタイムAI通訳字幕プラットフォーム「EventCAT(イベントキャット)」と、メディアローカライゼーションプラットフォーム「MediaCAT(メディアキャット)」を開発・提供する会社だ。

イCOOはXL8韓国法人の代表を兼務し、2製品の運営と製品戦略、グローバルブランディングを統括している。西江(ソガン)大学国際大学院で国際関係学を専攻したイCOOは、2019年にXL8に入社して以降、営業・事業開発・現場運営・カスタマーサクセス・製品企画など、会社の成長過程でさまざまな役割を担ってきた。その過程でイCOOが繰り返し直面したのが言語の壁だった。グローバルなイベントを運営するたびに、通訳コストと運営の複雑さ、限られた言語サポートが情報へのアクセスとビジネスチャンスを阻む場面を数えきれないほど見てきたという。

EventCATはその現場の課題に照準を当てる。従来の同時通訳はコストが高く運営も複雑で、イベント規模や対応言語にも限界がある。EventCATは参加者がQRコードをスキャンするだけで、自分のスマートフォンで希望する言語の字幕をすぐ確認できる仕組みだ。別途アプリや専用受信機は不要で、50言語以上に対応し、翻訳テキストを音声で読み上げる機能も備えている。

同社は独自の音声認識・翻訳エンジンに同時機械翻訳(SiMT)技術を組み合わせ、逐次翻訳方式と比較して字幕表示までの遅延を約70%削減したと説明している。翻訳精度を左右する要素の一つが用語集(グロッサリー)だ。イベント前に同社は登壇者の発表資料やシナリオ、参加VIPの資料、学術会議であれば参加者の論文まで事前に受け取り、イベントごとの翻訳に反映させる。このように投入された資料を独自エンジンが用語集として整理しておくと、翻訳中に該当の用語が出た際に、あらかじめ整理された意味と文脈が一緒に反映されるという仕組みだ。単純な直訳ではなく、イベントの文脈を乗せた翻訳を目指しているということだ。

AIと通訳者が同じ会場に一緒にいる

興味深いのは、XL8のサービスが通訳者に取って代わることを目指していない点だ。イCOOはEventCATについて「代替ではなく補完だ」と明言した。大統領随行通訳のような高度な文脈判断が必要な業務や、インターネット環境が整っていない現場では、AI字幕が人間の通訳に取って代わることは難しいとも述べた。そのため実際に重要なイベントでは、通訳者とAI翻訳が同じ会場に同時に入ることがある。

これらの二つの方式は性質が異なるのだ。

イCOOの説明によれば、EventCATは発話者の言葉を省略せず原文に近い形で伝える一方、現場の通訳者は長い発言を文脈に合わせて要約して届けることもある。そのため同じ内容であっても、参加者は原文に忠実なEventCATの音声と、要約された通訳者の音声の内、自身が求めている通訳を選ぶことができる。予算が十分にあれば、両方を同時に入れない理由はないというのがイCOOの考えだ。

翻訳者の役割についても同様の文脈で捉えた。反復的で定型化された作業は減っていくかもしれないが、高度な文脈判断と専門性が求められる仕事は、熟練した翻訳者を必要とし続けるだろうとイCOOは見ている。そして、通訳者市場も同じ方向に向かっていると語った。韓国ではすでにAI通訳が定着してきているが、日本ではようやく利用し始めた段階にあると分析した。

SUSHITECH TOKYO2026シーン。右画面にイベントキャットのリアルタイム日本語字幕が表示されている。 (写真=イCOO)

メディアで蓄積したデータが会場へ

XL8の競争力について尋ねると、イCOOは翻訳技術そのものよりもデータの品質と運営経験を挙げた。XL8はEventCATよりも先に、メディアローカライゼーションプラットフォームMediaCATを運営してきた。グローバルOTTコンテンツのローカライゼーションを通じて蓄積した大規模な言語データが、翻訳エンジンの基盤になっているというのだ。翻訳者が校閲した高品質な字幕と、実際の会話を中心とした口語体データを学習に活用しており、メディア翻訳モデルの開発過程では音声だけでなく、シーンや人物の動作など映像の文脈情報も活用していると同社は説明した。これをベースに、直訳よりも文脈を反映した翻訳を目指し、同音異義語や専門用語が多い日本語において強みがあるという。前の会話で交わされたトピックを参照して後続の文章に反映する形で文脈を把握すると、イCOOは付け加えた。

GoogleやOpenAIのような巨大企業が翻訳に参入している状況をどう見るかという問いに対しては、現場経験を答えとして示した。

顧客と直接向き合いながら、イベント会場やオンライン会議では何が不便で、どのような問題が発生するかを研究し、積み重ねてきたノウハウは、巨大企業が翻訳事業に本格参入しない限り手に入れることは難しい情報だという。さらに、彼らは高性能な大規模言語モデル(LLM)と翻訳エンジンを構築するが、イベント会場の運営までは足を踏み入れないだろうとみている。使いやすいユーザーインターフェース(UI)と翻訳精度の高さ、この2点がイCOOの挙げた競争力だ。

翻訳品質は、機械翻訳の評価指標であるCOMET(コメット)と専門翻訳者による評価を並行して確認している。評価にはグローバルな字幕・吹替会社であるIyuno(アイユノ)所属の翻訳者も参加しており、Iyunoはまた、XL8の初期投資家かつ顧客でもある。同社は韓日・日韓翻訳の精度が自社評価基準で95%以上だと公表している。同社の資料によれば、EventCATは他社比で最大40%高い精度と、カンファレンス環境における3〜4秒レベルの通訳・翻訳速度をうたっている。ただし実際のイベントでは、通信環境や音質、登壇者の話し方といった現場変数も結果に影響を及ぼす。

200ページのマニュアル

日本市場は戦略的な選択というよりも、需要が先にやってきた形に近い。日本を対象にしたマーケティングや広告を行っていないにもかかわらず、日本のユーザーの流入が続き、問い合わせも絶えなかったというのだ。ただし、日本は言語精度への期待水準が高い。日本語は同音異義語や専門用語が多く、単純な機械翻訳ではその基準をクリアすることが難しいが、メディアで蓄積した独自のデータによって、その要求に十分応えられると判断したのだ。

実際に日本のイベントでの導入を通じて韓国と最も異なると感じたのは、マニュアルだったという。イCOOが経験した韓国内のイベントに関するマニュアルが10ページ前後だったとすれば、今回の日本のイベントのマニュアルは約200ページに達したという。イベントを代行するチームもその分細分化されていた。SusHi Techでは日本の大手広告会社・電通の系列会社である電通ライブと協働したが、相手側のリクエストとXL8の提案をやり取りするプロセスはスムーズだったという。SusHi Techの運営チームが別途要求した機能はなかった。むしろ「最適な運営方法」や「本当に問題なく動くのか」といった質問をよく受けたという。使ったことがないため、安定性を懸念するというのだ。そして、一度利用した顧客がリピーターになることが多いというのがイCOOの説明だ。

セキュリティとデータ処理も同様の懸念と結びついている。イベントデータは基本的に7日間保管されるが、顧客が希望すればすぐに削除することも可能だ。イベントの発表資料は完全なたデータとしてみることは難しいため、翻訳エンジンの学習には使用しないとも述べた。同社はSOC 2 Type IIレポートとTPN Gold Shieldなど、セキュリティ・コンテンツ保護に関する認証を取得しており、AIエンジンから製品開発まで自社で完結させていると明かした。

XL8が日本で打ち出している実績もイベント中心だ。同社によれば、SusHi Techの公式技術パートナーとして東京都と正式契約を結びEventCATを提供したほか、ASTEEDA Executive Salon(アスティーダ・エグゼクティブ・サロン)2026でもAI通訳・翻訳を提供した。韓国ではCOMEUP・NextRise・Try Everythingといったスタートアップイベントや大規模AIイベントでリアルタイム多言語翻訳を提供した。プロ野球KTウィズの球場や韓日大学交流授業にもサービスを導入した。

日本にはすでに国内の通訳企業やグローバルなリアルタイム翻訳サービスがある中でなぜXL8なのかという問いに対して、イCOOは外国企業という条件をまず指摘した。同程度の精度であれば日本の顧客は自国製品を選ぶだろうし、外国製品を選んでもらうには、翻訳品質であれ現場対応であれ、明らかに優れていなければならないというのだ。イCOOは今回の日本でのイベントを通じて、XL8が現地で選ばれ得る可能性を確認できたと評した。

イCOOが描く絵はさらに遠くにある。言語が機会の格差にならないよう、誰もが翻訳に費やす時間を減らし、自分が最も得意なことに集中できるようにする技術を提供したいというのだ。

呼んでいないのに訪れた需要

日本進出の段階を尋ねると、初期検証を超えて適用分野を広げる段階に入ったと評価した。現地のパートナーおよびイベント主催者と連携しており、イベントの枠を超えて教育・メディア・企業市場へと適用範囲を広げているという。同社は今年7月に日本・京都で開催されるスタートアップカンファレンス「IVS 2026」へのEventCAT提供も確定したと発表した。

イCOOは売上高や顧客数よりも、実際につながった接点と後続の協議を根拠として挙げた。日本を対象にした広告を打っていないにもかかわらずユーザーが流入し、東京都から連絡をもらい、実際にサービスを利用した顧客と次のイベントについて話し合いが続いているという点だ。イCOOはこれを日本市場での初期需要を示すシグナルと解釈した。XL8が日本の扉を叩く前に、韓国で積み上げたリファレンスがその扉を先に開いたのだ。

原文:https://platum.kr/archives/289695