製造データ分析から公共SaaSへ、ScatterX 次の市場は日本
外国製ソリューションへの依存度が高い現場で、「自分たちでも十分に作れる」として自らソリューションを開発し起業したエンジニアがいる。しかし彼が現在強調するのは、「技術は0に収束する」という一見逆説的な言葉だ。技術によって立ち上がった人物の発言としては、やや意外に響く。
今年1月には、社員の多くが開発者だった同社で「開発者」という職種区分そのものを廃止した。人員を削減したわけではなく、開発者を顧客課題の解決を中心とした組織へと再配置したものだ。ScatterXのカン・ミョンス代表が一貫して示す基準は明確で、最終的に差を生むのは技術そのものではなく、「顧客の問題をどう解くか」という点にある。
ScatterXは、大企業のビッグデータ環境における異常検知やデータ分析を手がけるデータ専門企業だ。カン代表は中小企業の開発エンジニアとしてキャリアをスタートさせ、その後チームリーダーとして大企業プロジェクトを担当する中で、ある問題意識を持つようになった。現場では外国製ソリューションへの依存度が高い一方で、韓国内の技術は十分な競争力を持ちながらも正当に評価されていないという現実だ。
自ら開発したソリューションが大企業の現場で技術力として認められた経験が、起業の出発点となった。そこから、単なる「技術を作る会社」ではなく、顧客の現場に入り込み実際の問題を特定し解決する会社でなければならないという哲学が形成された。
一般的な技術、再編成組織
今年1月、社員の約90%がプログラマーだった同社は、「開発者」という職種名称そのものを廃止した。人員を削減したのではなく、既存の開発者をFDE(フィールド開発エンジニア)、プロダクト、カスタマーサクセスの各機能へと再編したものだ。コーディングそのものよりも、顧客の課題を解くことへと組織の重心を移した形となる。技術がコモディティ化した先に何が残るのかという問いに対し、カン代表の答えは「顧客」だった。組織再編の中心にも、常に顧客の現場が据えられている。
カン代表は、顧客自身でさえ自らの課題を正確に定義できないケースが多いと語る。その前提に立ち、現場に入り込み、顧客とともに業務を行いながら、顧客自身も認識していない問題を見つけ出すことこそが本質だという考えだ。スティーブ・ジョブズの「顧客は自分の要求を常に正確に説明できるわけではない」という視点にも通じる発想だとしている。同社はこの役割を「FDE(Field Development Engineer)」と呼んでいる。顧客の現場で業務に入り込みながら要望をプロダクトへと反映するエンジニアであり、Palantir(パランティア)の現場起点の顧客アプローチから着想を得たモデルだ。カン代表は、既存のSIビジネスも今後はこうした形へと進化していくとの見方を示しており、自社の営業・運営体制もその方向に合わせて再編を進めていると語った。
グローバルソリューションが届かなかった現場で存在感を発揮
このアプローチの原点は、同社の事業基盤である半導体分野にある。半導体プロセスには数百ものパラメータが存在し、センサーは0.1秒単位で膨大なデータを生成する。個々のデータだけでは異常の兆候を捉えにくいが、統合して分析することでパターンが浮かび上がる。ウェーハ上でチップ不良が発生する箇所を特定し、多数の工程をさかのぼって原因を究明することで歩留まりを改善し、収益向上につなげるという仕組みだ。カン代表は、データを分割・再構成しながら圧縮・展開する独自技術によって、処理速度と性能の両面で優位性を確立しており、この技術に関する韓国国内特許も保有していると説明した。
重要なのは、この技術が評価された経緯だ。カン代表によると、ScatterXは既存のグローバルソリューションでは解決できなかった大企業の課題に投入され、問題解決を通じて導入実績を積み重ねてきた。彼は自社の役割を、既存ソリューションでは対応できない現場に駆け付ける「消防士」に例える。既存ベンダーとの取引実績やレファレンスの壁が高い証券業界で、メリッツ証券への導入を実現したのも、その一例だという。主力製品であるビッグデータ分析ソリューション「XMORSE(エックスモース)」も、Tableau(タブロー)やSpotfire(スポットファイア)では対応が難しかった製造業の一部データ分析領域で採用され、Samsung・LG・SKグループ各社への導入につながった。
他社製品と同様の基本機能を備えながらも、既存ソリューションでは解決できなかった課題に応えることで、自社ならではの立ち位置を築いてきたという。

XMORSE 2.0 / ScatterX
顧客も知らない顧客の問題…
約3年前、会社はSaaS事業へと領域を広げた。新型コロナウイルス禍後に製造業の景気が低迷し、大企業中心の事業基盤が揺らいだことから、事業の多角化が必要だったためだ。既存のデータ分析技術をSaaSとして展開して生まれたのが、生成AIベースのサービス「SaharaX(サハラエックス)」である。公務員向けに生成AIを業務へ活用できるようにしたサービスで、カン代表によると現在約15の自治体に導入されており、その内訳は広域自治体が3団体、市が7団体だという。約2万5,000人の公務員にアカウントが発行され、各自治体と直接契約を結ぶ形で提供している。ChatGPTやClaude、Gemini、LGのEXAONEなど複数の大規模言語モデル(LLM)を業務に応じて使い分けられる。
ここでも答えは現場から生まれた。公務員が最も頻繁に直面する業務の一つが法令の確認であり、苦情対応の後に生成AIへ相談を持ちかけるケースもあったという。そこで会社は、AIアプリケーションが外部データやツールを利用する仕組みを標準化したオープンプロトコル(MCP)を活用し、法令や条例のAPIをAIサービスに接続した。さらに、多くの自治体が汎用サービスではなく「自分たち専用」の仕組みを求めることから、始興市AI行政アシスタント『ジニ』や京畿道華城市AI行政秘書サービスHAI-MATEのような個別対応も進めてきた。顧客自身も気づいていない課題を現場で見つけ、解決するという同社の考え方が反映されている。
一方で、顧客ごとの個別対応が増えるほど、開発・運用コストも膨らむ。繰り返し販売できることが強みのSaaSが、再びSIに近づいてしまうジレンマだ。カン代表は「SaaS事業をやっていると言うと、『餓死しそうですね』と言われるほど難しい事業だ」と率直に語る。高性能なモデルを採用するほど利用コストは上がる一方で、そのたびに契約単価を引き上げることは難しいためだ。「今は利益を追う段階ではなく、顧客を増やす段階だ」と説明した。
そこで選ばれたのが、AIサービスとデータ分析を組み合わせるツートラック戦略である。まず顧客の課題に適したAIサービスを提供し、その過程で新たに生まれるデータ分析のニーズを本業へとつなげる。セキュリティ面では、質問内容やアップロードしたファイルを外部モデルへ送信する前に、個人識別情報(PII)を検知・遮断する自社技術「SecureX(セキュアエックス)」を導入している。ハルシネーションを完全になくすことはできないものの、RAG(検索拡張生成)によって参照範囲を限定し、回答精度を高めている。また、「SaharaX v1.0」はSaaS簡易グレードのクラウドサービスセキュリティ認証(CSAP)も取得している。

実績を問う市場、日本
日本を最初の海外市場として選んだのも、この考え方の延長線上にある。カン代表は、日本は製造業の基盤が厚く、業務用SaaSの導入にも積極的であるため、これまで培ってきた経験を活かしやすい市場だと判断した。地理的な近さや産業構造の類似性も後押しとなった。会社は昨年、福岡市に海外法人を設立し、今年3月末には日本のチョイスジャパンとPoC(概念実証)契約を締結した。実証は今年末まで実施する予定で、現在は日本事業を担当するクォン・ヨンウ次長が福岡への駐在準備を進めている。LG AI研究院とクラウド企業MEGAZONE(メガゾーン)との協力も、日本事業を支える重要な柱となっている。
クォン次長は、チョイスジャパンとの出会いについても語った。同社は化粧品や健康食品の企画・製造・販売を手がける企業で、下関で開催されたイベントをきっかけに接点が生まれたという。同社代表は市場を読む感覚には優れていたものの、その知見を社内で共有・活用するためのデータ基盤が整っていなかった。データを収集・体系化し、可視化することこそScatterXの強みだった。
一方で、日本市場への参入は容易ではない。クォン次長は、日本の大企業へ初めてプロダクトを導入するまでには、通常2年以上かかることも珍しくないと説明する。現地企業がまず重視するのは、「日本国内でどのような実績があるか」だからだ。ScatterXはチョイスジャパンとの実証を最初の国内レファレンスと位置づけ、この壁を突破しようとしている。
福岡を拠点に選んだのも、東京や大阪より海外企業向け支援制度が充実しており、初期拠点を構えやすいと判断したためだ。同社は福岡市の海外企業誘致プログラム「Global Connect Fukuoka(GCF)」の参加企業にも登録されている。
結局、日本で挑む戦略も韓国と変わらない。実績がなければ参入が難しい市場で、既存ソリューションでは解決できなかった課題を現場で解決しながら信頼を積み重ねていくことだ。カン代表は、そうした隙間こそ自分たちの価値を証明できる機会だと考えている。
3年後の会社像を尋ねても、カン代表は売上高や社員数といった数字を挙げなかった。日本での挑戦も、福岡法人の設立と1件の実証から始まったばかりだ。技術力で成長してきた企業が、技術そのものの希少性が薄れていく時代に何を強みに残すのか。その答えは、インタビューを通して終始一貫していた。
「以前なら社員数や会社の規模を語っていたでしょう。でも私たちは、最後まで顧客に認められる会社になりたいのです。」
<画像=カン・ミョンス ScatterX代表 ©Platum>
