韓国の街で起きている「新しい読書」の風景

ソウルのカフェに入ると、コーヒー片手に本を開いている人の多さに気づく。読み終えたあとはスマートフォンを取り出し、読書記録アプリにその1冊を積み上げ、写真を撮ってSNSに投稿する。読書は一人で完結する行為ではなく、記録し、見せて、共有するところまでがワンセットになりつつある。

こうした光景を見ると「韓国では読書ブームが起きている」と思いたくなる。だが、実はそれほど単純な話ではない。

日本でも読書離れは長年指摘されてきた。文化庁が2024年9月に公表した「令和5年度国語に関する世論調査」(2024年1〜3月実施)では、1カ月に1冊も本を読まない人の割合が62.6%にのぼり、これは同種の調査開始以来の過去最高だったと報告されている。読書離れという意味では、日韓は似た土俵に立っている。

ところが韓国の場合、事情はもう少し複雑だ。韓国文化体育観光部が発表した「2025年国民読書実態調査」によれば、成人の年間総合読書率は38.5%で、1994年の調査開始以来の過去最低を記録した。60歳以上に限ると14.4%まで落ち込む。

一方で、20代だけは75.3%と全世代の中で突出して高く、しかも前回調査より上昇している。今年のソウル国際ブックフェアには20〜30代の若い読者が数多く詰めかけ、開幕前からチケットが早期に完売するほどの人気だったと伝えられている。

読書離れが叫ばれる国で、なぜ一部の世代・一部の場所だけがこれほど熱を帯びているのか。この記事では、その正体を探ってみたい。

なぜ韓国のトレンドは移り変わりが速いのか

韓国も、流行の移り変わりが速い国としてよく知られている。カフェやスイーツ、キャラクターグッズやミームまで、たった数か月のサイクルで話題が生まれては消えていく。SNSで一気に広がった店が、翌月には違う店になっている、という光景は珍しくない。そんな環境の中で、いま注目されている読書ブームは、2024年ごろから今にいたるまで、約2年にわたって話題であり続けている。これは韓国の流行サイクルとしては、決して短くない期間だ。

一過性のブームなのか、それとも珍しく定着しつつある文化なのか。この問いを頭の片隅に置きながら、まずは現象そのものを見ていこう。

「テキストヒップ」という現象の正体

この動きを象徴する言葉が「テキストヒップ」だ。「テキスト(文字)」と「ヒップ(かっこいい)」を組み合わせた韓国発の造語で、スマートフォンばかり見ているよりも、本を読んでいるほうがかっこいい、という価値観を指す。2024年ごろから若者のあいだで広がりはじめた言葉とされている。

この流れを後押しした要因はいくつか考えられる。作家ハン・ガンが2024年にノーベル文学賞を受賞したことは、韓国文学そのものへの関心を高めた外部要因のひとつとして挙げられることが多い。K-POPアイドルが愛読書を公の場で紹介する機会が増えたことも、読書を「クールなもの」として印象づける一因になったといわれる。たとえばIVEのウォニョンが番組で紹介した哲学書がファンの間で話題になったり、NCT DREAMのジェミンが薦めた本の売り上げが前月比で大きく伸びたりするなど、その影響力は大きい。

海外で先に広まった「BookTok」的な文化と似ているようで、テキストヒップには少し異なる色がある。BookTokが派手な感想や演出込みの動画で拡散されがちなのに対し、テキストヒップはもう少し静かで、あえてデジタルから距離を取る姿勢そのものを楽しむ傾向が強い。スマホを閉じて紙の本を開く、その行為自体がひとつの意思表示になっている。

「読む」から「楽しみ・記録し・共有する」へ

テキストヒップを支えているのは、本そのものだけではない。本をめぐる空間、モノ、サービスが一体となって、ひとつの体験を作り上げている。

まず目立つのが、コンセプト性の高いブックカフェの広がりだ。静かに本を読むだけの空間ではなく、内装や照明にこだわり、本のジャンルやテーマに沿った空間デザインを施した店が増えている。出版社が特定の本の雰囲気に合わせて読書用のプレイリストをキュレーションするブースを設けるなど、「本の内容に合わせて聴覚まで演出する」という試みも見られる。

店舗ごとに違った雰囲気を見せるブックカフェ(出典;Instagram)

本にまつわる小物も人気だ。ブックカバーやしおり、本をモチーフにしたキーホルダーなど、読書という行為を自分らしく演出するためのアイテムが、単なる実用品を超えたグッズとして扱われている。ブックフェアの会場では、出版社が限定版の書籍やオリジナルグッズを展開し、それを目当てに訪れる読者も少なくない。

デジタル側の動きとして注目したいのが、読書記録アプリの存在だ。なかでも「Book Towers」は、読んだ本の記録を積み重ねていくと、自分だけの「本の塔」が可視化されていくという仕組みで知られ、Google Playでは50万件以上のダウンロード実績が確認できる。冊数という無機質な数字を、目に見える形にして楽しむ発想は、読書を習慣化させる工夫としてよくできている。

Book Towers/App Store

こうした要素に共通するのは、「本を買って読んで終わり」ではなく、選ぶ・読む・記録する・共有するという一連のプロセスすべてが体験として設計されている点だ。読書会や選書サブスクリプション、書店やブックフェアでのポップアップイベントなども、この延長線上にある。

なぜ20代は読書に戻ってきたのか

ではなぜ、この動きの主役が20代なのか。理由は一つに絞れないが、いくつかの要因が重なっていると考えられる。

ひとつは、デジタル疲れへの反動だ。ショート動画やSNSの通知に追われる生活の中で、あえて情報の流れを止め、一冊の本にじっくり向き合う時間そのものが、意図的なデジタルデトックスとして選ばれている。

もうひとつは、自己表現・自己管理の手段としての側面だ。読書は「勉強のためにするもの」から、「自分のセンスや生活のスタイルを表すもの」へと意味合いを広げている。どんな本を読んでいるか、どんな空間で過ごしているかが、その人らしさを語る要素になっている。

そして、SNSとの相性のよさも無視できない。本の表紙、ブックカフェの雰囲気、読書記録アプリの画面は、いずれも写真や投稿のテーマになりやすい。読む行為そのものが、他者と共有できるコンテンツになっているのだ。

#本スタグラム、#おすすめ本などのハッシュタグを検索すると多くの投稿が確認できる(出典;Instagram)

日本では読書は季節のイベントとして語られることが多いが、韓国のテキストヒップは季節を問わず年間を通じて話題になり続けている点が異なる。さらに、一人で静かに読むという日本的なイメージに比べ、韓国では「見せる」「記録する」「共有する」という行動がセットになっているところも、ひとつの違いといえるだろう。

「読書」が生み出す新しい市場

この動きは、出版業界だけにとどまらない広がりを見せている。

出版・書店の側では、個性的なコンセプトを打ち出す独立系書店やテーマ型書店に注目が集まり、限定版の装丁や著者と交流できるイベントなどが増えている。周辺産業としては、ブックカフェ、本関連の文房具やグッズ、読書記録アプリといったサービスが、それぞれ独立した市場として育ちつつある。

消費者の行動も変化している。どの本を読むかだけでなく、どこで読むか、どんな小物を使うか、どう記録し、誰と共有するか、というところまでが選択の対象になっている。「読書市場」というより、「読書エコシステム」と呼んだほうが実態に近いかもしれない。

ソウルを流れる清渓川(チョンゲチョン)やソウル広場では、野外で読書を楽しむソウル野外図書館が開催されている。(出典:ソウル野外図書館)

こうした「読書をSNSやコミュニティと結びつける」動き自体は、韓国に限った現象ではなく、他の国でも部分的に見られる潮流だ。ただし、韓国のように出版社・ブックカフェ・小物・アプリの取り組みがこれほど密接に連動している例は、比較的珍しいといえるだろう。実際、ソウル特別市が運営する公立図書館「ソウル図書館」でも、蔵書を並べるだけでなく、さまざまなイベントを開催して「見せる空間」作りに力を入れており、民間だけでなく行政の側からも読書体験を後押しする動きが見られる。

一瞬で廃れる韓国で、テキストヒップは定着するのか

冒頭で触れたとおり、韓国は流行の移り変わりが速い国だ。そのなかでテキストヒップが約2年にわたって話題であり続けているのは、単なる一過性のブームとは言い切れない粘り強さを感じさせる。

とはいえ、これが完全に定着した文化と呼べるかどうかは、まだ判断がつかない。成人全体の読書率は依然として過去最低が続いており、盛り上がっているのはあくまで一部の世代、一部の場所に限られているというのが実態に近い。ブームと文化の境界線は、もうしばらく時間が経ってみないとわからない部分もある。

一方で、AIによる選書や読書傾向の分析など、テクノロジー側からのアプローチも今後さらに広がっていきそうだ。読書量を競うことよりも、どう読書生活を楽しむかに関心が移っていくとすれば、それは一時のブームというより、読書との付き合い方そのものが変わりつつある兆しなのかもしれない。

日本でも、読書離れという同じ課題を抱えながら、韓国のような「見せる・記録する・共有する」読書は今後広がっていくのだろうか。何冊読んだかよりも、どう読書という時間を楽しむか。その問いは、海を越えて共有できるものかもしれない。

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