日本の医療機関850ヶ所が使うレセプト点検SaaS、Huraypositiveの次の一手
日本のすべての医療機関は、患者を診療した後に診療行為の内訳や費用をまとめた「レセプト(診療報酬明細書)」を、毎月10日までに審査機関へ提出する。診療報酬の大半を保険者から受け取るための必須プロセスだが、医療機関はこの審査過程において主に2つの要因による損失リスクを抱えている。
1つ目は、記載ミスなどにより明細書が差し戻される「返戻(へんれい)」だ。返戻となった場合、再請求が必要となり入金が1か月以上遅延する。もう1つは、診療内容が妥当でないと判断され点数が削られる「査定」である。査定を受けた場合、本来受け取るはずだった報酬そのものを失うことになる。
同社によれば、2024年度の診療報酬改定以降、病院団体の経営状況調査において医業赤字の病院が69%に達しているという。経営環境が一段と厳しさを増す中、請求ミスや査定による減額は、医療機関にとってこれまで以上に切実な経営課題となっている。
「日本のお医者さんたちは診療を診る専門家であって、請求の専門家ではないじゃないですか」
Huraypositiveのキム・トゥア代表はこの市場に参入した理由についてこう語る。キム代表によれば、日本には請求整理だけを担う専門家が別途存在し、一部の医療機関は彼らを月に一度、6時間から8時間ほど雇って明細書を整理してきた。しかし、人の手による作業のためばらつきがあり、費用は毎月数十万円にも及ぶ。
Huraypositiveはこの過程をソフトウェアで自動化した「レセプトチェッカー LS Plus」を運営している。提出前に明細書を自動点検するクラウド型AI SaaSで、同社によれば約4,000件の精密点検ルールと約24,000件の医薬品・検査・処置の適応関係ルールで病名・算定・適応症を検証し、外来・入院の双方に対応する。ORCA・WebORCAなど日本の標準請求システムと連動しており、病院は既存の業務フローを変えることなく結果だけを受け取れる。キム代表によれば、6〜8時間ほどかかっていた作業が15分前後に短縮され、利用料は月7万〜8万円ほどに収まる。現在このサービスを利用している日本の医療機関は約850ヶ所に上る。

同社はこの数値そのものを、事業における最重要指標と捉えている。レセプト請求が一度でも滞れば資金繰り(キャッシュフロー)に直結するため、日本の医療機関は請求システムの刷新に対して極めて慎重だ。そうした閉鎖的な市場において、外資系スタートアップがこれほどの規模で有料顧客基盤を築いた事例は極めて稀であると同社は説明する。現在の導入先は糖尿病などの慢性疾患を扱う内科クリニックが中心だが、足元では診療所規模にとどまらず、病院クラスへの導入・実証実験も進めている。
実は、この事業はゼロから立ち上げたものではなく、企業買収を通じてモデルチェンジを図ったものだ。資金調達を実施し、海外への進出先を模索していた時期に、キム代表は日本の「レセプト請求市場」の可能性を見出し、現地でインストール型のレセプト点検ソフトを提供していた企業を買収した。それが、東京・新宿に拠点を置く日本法人「DXケア(DX Care)」である。
「私たちが買収した会社は、本質的にソフトウェア開発のDNAを持った組織ではありませんでした。例えるなら、昔のDOSのような古いインストール型ソフトを、各病院を一軒ずつ訪問し、院長先生のパソコンに1台ずつ直接セットアップするようなビジネスだったのです。このままでは立ち行かくなると危機感を抱き、レガシーなインストール型を思い切って一掃。1年半の歳月を投じて、完全にクラウドSaaSへと刷新しました。そして既存の顧客には、『まずは3か月間無料で試してみてからご判断ください』と提案したのです」
当時の既存顧客約2,000件のうち、移行し残ったのは半数にも及ばなかった。しかし、その後、医療機関同士の口コミを通じて着実に導入先が増加していると説明する。クラウドに対する日本の現場の受け止め方も、予想とは異なっていた。
「思っていた以上に、現場はクラウドへの抵抗感がありませんでした。医療機関にとっては、どのようなプロセスを経ているかよりも、そのサービスを通じて得られる『結果』が重要なのです。『きちんと不備が点検できるか』『コストを抑えられるか』『問題が起きた際に迅速に対応してくれるか』。先生方にとって重要なのはそうした実利であり、システムがクラウドか否かについては、むしろオープンかつ柔軟に受け入れられました」
2026年度の診療報酬改定は、この市場構図を揺るがす大きな転換点(変数)となっている。改定のたびに算定点数や請求ルールが変更されるため、点検システムの刷新・修正も大規模なものとなるが、インストール型を主力とする既存の競合他社が医療機関を1軒ずつ訪問してアップデートを余儀なくされるのに対し、クラウド型であればサーバー側で更新するだけで即座に一括反映される。問い合わせが殺到しているタイミングこそ「ピンチであり最大のチャンス」というのが、同氏の見立てだ。日本には大手IT企業系列のトップシェア企業をはじめ、同領域で先行する競合が複数存在するが、今回の改定こそがそのシェアの差を縮める絶好の契機になるとみている。
一方、AIが診療報酬の請求に関与する以上、精度や責任の所在という問題も避けては通れない。同社は、人手による点検と比べてエラーを大幅に削減したと説明する。その上で、すべての点検結果に対して判定の根拠を明示し、後からでも理由を遡って検証(トレース)できる仕組みを整えているという。
最終的な内容の確認と提出の判断は、あくまで医療機関(病院)側に委ねられる。ただし、システムのエラーに起因する損失が発生した場合の責任ポリシーについては、まだ明確に確立された状態ではないと同氏は説明した。また、データの取り扱いについて同社は、サーバーへ送信される段階で患者の氏名やIDを別の識別子に置き換え、個人を特定できる属性情報(人口統計学的情報)を消去する方式で処理しているという。
キム代表にとってHurayPositiveは、3社目の創業となる。2000年の大学院在学中に1度目の起業に参画し、フィーチャーフォン向けソフトウェア会社をバイアウト(企業売却)まで導いた。しかし、自ら代表を務めた2社目の事業は早々に撤退を余儀なくされ、20代後半にして億単位の負債を抱えることになる。その借金を返済するため、2007年にNAVER検索開発チームに入社。そこで同社がヘルスケア領域の検索品質の向上に頭を悩ませていた議論を傍らで耳にし、次なる事業の種と巡り合った。
「NAVERに約2年半勤務しながら、毎月元金と利息を返し続けました。2009年10月14日に最後の借金を完済したのですが、まさにその日のうちに辞表を提出しました。最後の返済振込を終えて会社を辞め、その足で創業したのが今の会社です」
2010年、パーソナルヘルスレコード(PHR)を掲げて4人で立ち上げた会社は、わずか1年で法と制度の厚い壁に直面した。オンライン診療も処方薬の配送も認められていない環境ではビジネスモデルの構築が難しいと悟り、共同創業者たちは次々と去って彼一人だけが残った。会社は病院や保険会社のアプリの「受託開発」でなんとか食いつなぎ、そこで蓄積したノウハウが保険会社向けの健康管理サービスへと発展。2019年にサムスンベンチャー投資が参画した45億ウォン規模のシリーズA、翌年の150億ウォン規模のシリーズB調達へと繋がった。同氏によれば、累積資金調達額は400億ウォン(約47億4,400万円)を超えるという。
コロナ禍で急拡大させた組織規模は、その後のヘルスケア投資市場の冷え込みに伴い再びスリム化を図り、現在は3つの事業を柱に再編している。韓国国内のシニア・従業員向け健康管理サービス、約120万人が利用する乳幼児の発熱管理アプリ「ヨルナヨ」、そして日本の「DX Care」である。
レセプト点検は、それ自体が最終目的ではない。彼が日本のシステム会社を買収した理由は、最初から「病院の中」に入り込むためだった。
「韓国で『病院の外』から健康管理アプローチを試みて、その難しさを痛感したのです。それならば、最初から病院の中に入ろう、と。足元の収益を確保しながらクリニックを我々の『前線基地』にできるというのが第一の理由です。そして、レセプトという名目で患者のデータを取り扱うことで、ゆくゆくは患者の健康増進支援へと事業を拡張できるというのが第二の理由です」
次なるステップとして準備しているのが、点検データの上に構築する「AI医療経営インテリジェンス」だ。同じ診療内容で同時に請求できたはずの項目を見つけ出す「算定漏れの検知」をはじめ、査定・返戻の予測、同規模・同診療科のクリニックとのベンチマーク比較といった機能を段階的にリリースする計画である。既存のレセプト点検市場が「間違いを防ぐこと」に留まっているとすれば、同社はその先にある「正しく入力していても、取りこぼしていた収益を見つけ出すこと」へと提供価値を引き上げようとしているのだ。長期的には、慢性疾患の患者が「病院の外」にいる日常期間の健康管理まで、クリニックがサポートできる世界を見据えている。
普及に向けた戦略は、個別の病院への直販営業ではなく代理店展開だ。日本の医療機関はレセプト請求や医療事務を外部委託するケースが多く、こうした医療事務の受託・派遣企業の流通網と手を組めば、1件のパートナー契約で多数の医療機関にアプローチできるという計算だ。そうした意思決定のハブが集積しているのが東京であり、新宿の日本法人はすでに本格稼働している。
インタビューの締めくくりに、彼は日本市場の意義をヘルスケア産業全体の視点からこう総括した。
「日本のように、これほどの規模の高齢者人口と向き合ってきたヘルスケア先進国は他にありません。日本がこれまで十分に活用しきれていなかったデータを集積し、そこから得られたインサイトをグローバルに展開していく。その役割を、私たちがしっかりと担っていきたいと考えています」
